2011年09月12日

東京美術学校事件   ★岡倉天心公職追放の顛末★ その1

 この秋、再興96回展を迎える院展は、明治31年の創立。

このときから数えれば、既に110年を超えようとしています。

創立当時の歴史を振り返ると、文化と言うものが結構危うい成り立ちで生まれるものである事が良く分かります。

と言うのも、院展は偶然の産物ともいえるからで、時代を繁栄した一つの現れに違いはありませんが、予期せぬ勢い?が主なるその源。ナント創立者岡倉天心の下野というアクシデントが、創立の発端なのです。

創立第一回展覧会で一番の話題をさらった作品が、横山大観の【屈原】(くつげん)




IMG_2044.JPG

部分 (・・・・こわっ!)

 

荒涼たる景の中、風に立ち向かう志士“屈原”の姿を悲運の淵に立った岡倉天心の胸中に重ねて表現した作品と言われています。鬼気迫る、大迫力。何者かを感じずにはおきません。

岡倉天心が悲運の淵に立たざるをえなかった、【美校騒動】、とか、【東京美術学校事件】と呼ばれる、文化面の歴史的事件は、当時のジャーナリズムを大いに席権したのです。

当時の記録が物語っているのは、スキャンダラスなゴシップ記事の氾濫。

あらゆる新聞社のネタであり、かっこうの餌食であり、話題騒然としたのでしょう。まだ元気で活躍していた正岡子規までが、感想と言うか、評論を書き残しています。

以前にも少し語りましたが、明治二十年代は、明治新政府として、国家が一つの大きな稔りを得ていった時代。大きな節目であったわけで、創造的な人材が時代の寵児となった。

が、次第に、安定期に入ると今度は、事務派と言うか、体制維持に向いた人材が台頭してくる。

と言うわけで、岡倉天心の様な、開拓的創造者、は、邪魔になるんでしょうか? 勿論個人的な利害も加わって、もう、ぐじゃぐじゃ。

スキャンダルにまみれた天心は、遂に、あらゆる公職から追放されるのです。飛ぶ鳥を落とす勢いで、明治近代文化を一人で背負った様な立場から、あれよあれよと言う間に、転がり落ちてしまいました。










posted by 絵師天山 at 21:57| Comment(0) | 院展

2011年07月18日

春の院展 倉敷展ご紹介記事  山陽新聞


  先月末まで開催されていた倉敷での春の院展。夏なのに春とは・・・。
 8月の末まで、各地で巡回されます。


20110718 (2).jpg


 http://nihongaka.jp/ ホームページはこちら。

各種ご注文にもお答えしています、お問い合わせ下さい。










夫婦扇、誕生花カード、なども取り揃えております、どうぞ宜しく。

 メルマガ登録も歓迎。

ツイッターも始めましたよ。アカウントは@takahashitenzanです。



posted by 絵師天山 at 22:53| Comment(0) | 院展