【柿本人麿】 かきのもとひとまろ
あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
あしひきのやまどりのおのしだりおのながながしよをひとりかもねん

歌聖と尊称されている柿本人麿は、和歌の神様。
事実現代にも続いている人麿神社が全国各地にあり、
その肖像画は御神体とさえなっているのです。
持統天皇とその皇子文武天皇時代に宮廷歌人として活躍しました。
奈良県宇陀市には、柿本人麿の騎馬像があり、あたりは記念公園となっています。
神社と言い記念公園と言い、古人の徳を慕って、後の世の人々が
放ってはおけなかったのは、ひとえにその作品の高雅さ故・・・
『あしひきの山鳥の尾のしだり尾の・・・』
という、上の句が、実に良いですね。
秋の夜長のいっそう深まる気配を陰影を込めて歌い取った実に巧みな序詞です。
山鳥は、キジのメスにちょっと似た、キジよりは地味目だけれど、
濁りのない茶色が美しい鳥で、その羽根を絵の具代わりとして、
張り付けて描いた、とされる鳥毛立女屏風が、かの正倉院に遺されており、
この作品は現存する最古の日本画=倭絵、と言われています。
長く垂れ下った尾羽根が特徴的なので、
『長い』の枕詞に使われるようになりました。
その昔、山鳥のツガイは昼に行動を共にし、夜は谷を隔てて
独り寝するのだ、という言い伝えがあり、・・・
いかにも秋の夜長の深さと寂しさとがそこに表現されているのです。
“一人さびしく寝るさ・・・”
と詠じた訳ですから、恋の気分も少々込められている様に思えますね。
テレビもなく印刷物もなかったであろう時代、
灯火すらままならなっかった、そんな時代・・・
まだそれほど寒くはなく、しんみりとした空気感の中で
人々は物思う楽しみ・・・を重ねたのではないでしょうか、
「秋思」という言葉があります様に、秋というのは、
心の深い所に響いてくる季節なのかも知れません。
その心をさりげなく謳い切った人麿の天才・・・・
万葉集を代表する歌人である、とも、
日本の和歌の長い長い歴史を通じての最高の歌人!とも
称されるのも、当然の様に感じられる秀歌であります。