2017年06月17日

言挙せず(ことあげせず)


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本居宣長著 
古事記伝一之巻 
直毘霊(なほびのみたま)より 




古への大御世には、道といふ言挙(ことあ)げもさらになかりき、


故れ古語(ふること)に、あしはらの水穂の国は、言挙げせぬ国といへり、

其はただ物にゆく道こそ有りけれ、

美知(みち)とは、此の記に味御路(うましみち)と書る如く山路、野路、などの路に、御(み)てふ言を添えたるにて、ただ物にゆく路ぞ、これをおきては、上代に、道といふものはなかりしぞかし、

物のことわりあるべきすべ、萬(よろず)の教へごとをしも、何の道くれの道といふことは、異国(あだしくに)のさだなり、

異国(あだしくに)は、天照大御神の御国にあらざるが故に、
定まれる主(きみ)なくして、狭蠅(さばえ)なす神 ところを得て、
あらぶるによりて、人心あしく、ならはし みだりがはしくして、
国をし取りつれば、賤しき奴(やっこ)も、たちまち君ともなれば、
上とある人は、下なる人に奪はれじ とかまへ、下なるは、
上のひまをうかがひて、うばはむとはかりて、かたみに仇(あた)みつつ、
古より国治まりがたくなも有りける、
  

其が中に、威力(いきほい)あり智(さと)り深くて、人をなつけ、
人の国を奪い取りて、又人にうばはるまじき事量(ことばかり)をよくして、
しばし国をよく治めて、後の法(のり)ともなしたる人を、
もろこしには聖人とぞ云うなる


たとへば、乱れたる世には、戦ひにならふゆゑに、
おのずから名将おほくいでくるが如く、
国の風俗あしくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、
世々にそのすべをさまざま思ひめぐらし、為(し)ならひたるゆゑに、
しかかしこき人どももいできつるなりけり、

然るをこの聖人といふものは、神のごとよにすぐれて、おのづからに奇(くす)しき徳(いきほい)あるものと思ふは、ひがごとなり、

さて其の聖人どもの作りかまへて、定めおきつることをなも、道とはいふなる、

かかれば、からくににして道といふ物も、其の旨(むね)をいはむれば、ただ人の国をうばはむがためと、人に奪はるまじきかまへとの、二つにはすぎずなもある、

そもそも人の国を奪ひ取らむとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつつ、善きことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善人めきて聞こえ、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづ己(おのれ)からその道に背きて、君をほろぼし、国をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず、いともいとも悪しき人なりけり

もとよりしか穢悪(きたな)き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、

 後の人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめれど、まことは一人も守りつとむる人なければ、国のたすけとなることもなく、其の名のみひろごりて、つひに世に行はるることもなくて、聖人の道は、ただいたづらに、人をそしる世々の儒者(ずさ)どもの、さへづりぐさとぞなれりける、
  
然るに儒者(ずさ)の、ただ六経などいふ書をのみとらへて彼国(かのくに)をしも、道正しき国ぞ、といひののしるは、いたくたがへることなり、かく道といふことを作りて正すは、もと道の正しかぬが故のわざなるを、かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ、

 そも後の人此の道のままに行なはばこそあらめ、さる人は、よよに一人だに有りがたきことは、かの国の世々の史(ふみ)どもを見てもしるき物をや、

さてその道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義礼譲孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさぐさ作り設けて、人をきびし教へおもむけむとぞすなるさるは後の世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者(ずさ)はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや、また易(やく)などいふ物をさへ作りて、いともこころ深げにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ、これは世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ

 そもそも天地のことわりはしも、すべて神の御所為(みしわざ)にして、いともいとも妙(たへ)に奇(くす)しく、霊(あや)しき物にしあれば、さらに人のかぎりある智(さと)りもては、測りがたきわざなるを、いかでかよくきはめつくして知ることのあらむ、然るに聖人のいへる言をば、何ごともただ理の至極(きはみ)と、信(うけ)たふとみるをこそ愚かなれ

かくてその聖人どものしわざにならひて、後々の人どもも、よろづのことを、己がさとりもておしはかりごとするぞ、彼国のくせなる、大御国の物学びせむ人、是をよく心得をりて、ゆめから人の説になまどはされそ、

すべて彼の国は、事毎にあまりこまかに心を着(つけ)て、かにかくに論(あげつら)ひさだむる故に、なべて人の心さかしだち悪くなりて、中々に事をししこらかしつつ、いよよ国は治まりがたくのみゆくめり、

されば聖人の道は、国を治めむために作りて、かへりて国を乱すたねともなる物ぞ、すべて何わざも、大らかにして事足りぬることは、さてあるこそよけれ

故(か)れ皇国の古へは、さる言痛(こちた)き教へも何もなかりしかど、下が下までみだるることなく、天下(あめがした)は穏やかに治まりて、天津日嗣(あまつひつぎ)いや遠長(とうなが)に伝はり来坐(きま)せり、


さればかの異国の名にならひていはば、是れぞ上もなき優れたる大き道にして、実は道あるが故に道てふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり、

そをことごとしくいひあぐると、然らぬとのけぢめを思へ、

言挙げせずとは、あだし国のごと、こちたく言ひたつることなきを云ふなり、

譬(たとへ)ば才も何も、優れたる人は、
漢国(からくに)などは、道ともしきゆゑに、かへりて道々しきことをのみ云ひあへるなり
儒者(ずさ)はここをえしらで、皇国をしも、道なしとかろしむるよ、儒者(ずさ)のえしらぬは、萬に漢を尊き物に思へる心は、なほさも有りなむを、此方の物知り人さへに、是れをえさとらずて、かの道てふことある漢国をうらやみて、強ひてここにも道ありと、あらぬことどもをいひつつ争ふは、たとへば、猿どもの人を見て、毛なきぞとわらふを、人の恥じて、おのれも毛はある物をといひて、こまかなるをしひて求出(もとめいで)て見せて、あらそふが如し、




毛は無きが貴きをえしらぬ、痴れ者のしわざにあらずや・・・・・








posted by 絵師天山 at 10:39| Comment(0) | 日本ならでは
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