2015年11月08日

魅惑の百人一首 89   式子内親王

【式子内親王】 (しょくしないしんのう)

玉の緒よ絶えなば絶えね永らへば忍ぶることの弱りもぞする

  たまのおよたえねばたえねながらえばしのぶることのよわりもぞする






           式子内親王.jpg
             天山書画




心の奥底に、深く深く残る詠。

西行の深さに通じるものを感じるのは
私ばかりではないでしょう。

以前、和歌を題材としての個展を開催した折
細長い短冊色紙という小画面に
式子内親王の和歌から想を得た作品を描いたのは
この歌・・・・


山深み春とも知らぬ松の戸に絶え絶えかかる雪の玉水

激しい言葉は一つも使っていないのに
押しとどめる事の出来ない春律、息吹き、
春の胎動、が、音もなく寄せてくるその気分を
余すところなく詠いきった
清々しくも素晴らしい名歌と心打たれたからです。



名人、信実描くところの御物
【三十六歌仙絵巻】
の中でも・・特別に傑出した画像の御方は
この式子内親王サマ・・・・それはトビきりの美しさ・・・
名画人の天才的力量が、この御方の心根の高さを余す処なく示してくれております。




               IMG_6062.JPG






この百人一首に採られた歌は、
実らない忍ぶ恋を詠ったものなのかも知れず
つまるところ、本当のことは解らずじまい
であり・・恋心のお相手は撰者の定家であった
などという様な俗説が産まれてしまう程、
多くの世間の憶測を呼んだご存在でありましたが
人品卑しからず・・・
品位と言う言葉こそこの御方に相応しく、それはそれは
御立派な内親王殿下であらせられたのでありましょう。

後白河院第三皇女として御誕辰
幼くして伊勢の斎宮となられ
十余年の若き命を捧げ
斎院退下の後、次々と肉親の死に遭遇され
さらに、ご自身も重い病を得
溢れんばかりの詩心を抱きながら
針の先で僅かにでも触れれば
砕け散り、裂けてしまいそうな
張りつめた日々を過ごされた・・・・


遺された数多くの御作の殆どが
仄かな・・・有るや無しやの・・・
風の音、一滴の露、夢の如き幻・・・

露わな表現など一つもないのに
この歌に限っては

玉の緒よ絶えねば絶えね・・
と、半ば絶望的・・・
死ぬことなんかナンでもない・・・・
口に出来るような恋など・・・
・・・決して許されぬ・・・
固く思い定めていなければ
こんな歌が産まれるはずはありません。


忍ぶ恋、とされているけれども
この忍ぶ恋が仮に顕れてしまっても
口にすることすら憚られる・・・・
相当特殊なる事情が隠されているに違いないのです。


出口のない心情がホトバシリ出た故の詠歌であって
これほど激しく詠いあげた恋唄は他に類を見ません


恐らく、内々にはその「特殊なる事情」は知られており
それはどうすることも出来ないことであることも
良く知られていたが故に
この絶唱を・・・
ゴモットモなること・・・として敬愛したのであり
誰となく・・・御相手は定家だった・・・などと言い出したのは
むしろ冗談に紛らわし
厳しい現実を回避するための方便だったのでしょう。


後世の世阿弥はさらに定家蔓(ていかかずら)として
どうしようもないタイトな現実を美化し
上塗りして差し上げたのであろうと思われるのです。







posted by 絵師天山 at 01:18| Comment(4) | 百人一首
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