【清原元輔】(きよはらのもとすけ)
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは
ちぎりきなかたみにそでをしぼりつつすえのまつやまなみこさじとは

天山書画
チギリキナ・・・と言う初句が心に残ります。
契り合ったのに!
あんなに誓いあったのに!・・・
つまり、失恋したのでしょうね。
袖にされた・・・んです。結果としては。
「袖をしぼる」・・と言うのは
良く使われる表現で、涙で袖が濡れてしまう。
絞るほど沢山泣いた・・・
涙でびしょびしょ・・・
現実には鼻水も垂らしてグジョグジョですから
キタナイ事おびただしく、
不潔極まる状態ですが、表現の誇張ですね。
“末の松山”は仙台近くの海岸にあった、とされる歌枕。
波は越えない高さと位置にあった、とされてます。
古今集(巻20、みちのく歌=東歌)に・・・
君をおきてあだし心をわが持たば末の松山浪も越えなむ
きみをおきてあだしごころをわがもたばすえのまつやまなみもこえなん
末の松山が波に洗われてしまう!
ナンてことは・・・万が一にもナイ!
様に・・・あなたへの一途な思いは絶対に変わりはしません。
という、この歌を踏まえているのです。
あだし心、は浮気心ですね。
末の松山が浪に洗われる事は決してないくらいに
あんなに愛を誓い合ったのに、それなのに・・
心が変わったんですね、アンタは!!!
フラれた側のクソッタレ発言がこの歌になった。
フラれた元輔はこの失意の御蔭で百人一首を飾る栄誉に輝いたのですから、どちらが良かったのか?知りませんが、本人は残念だった事でしょう。こんなにも未練たっぷりだったのですから。
清原元輔は清少納言のお父様。
清少納言の清は清原の清、デス
中宮定子にお仕えした才女で父よりも有名。
父の失恋歌についてのコメントは残されてはいませんが、
“いとをかし”と言ったか?どうか?
枕草子もそれは素敵な古典ですね。
解りやすいし現代人の心にさえ共通の思いを湧かせてくれる。
普遍性が込められているのです。
父元輔も凡人にあらず。
万葉集に訓点を付したり、和歌所の寄人になったり、歌人として大活躍したのです。
相手の不実を咎め心変わりを恨むような言葉を使ってないのが却って痛々しい。
が、元輔のお人柄も偲ばれる歌であります。