【壬生 忠見】(みぶのただみ)
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
こいすちょうわがなはまだきたちにけりひとしれずこそおもいそめしか

“人知れず恋に落ちたのだが、早くも噂が立ってしまいました”
・・・・と言った意味でしょうか、
百人一首の中で恋歌は何と43首!
和歌というものは、否、
芸術は、これ凡て・・・もののあはれ・・
恋心から発しているのかも知れません。
私たち絵師も、花に恋し、風景に恋し、人に恋するからこそ
花鳥画がうまれ、山水画が産まれる・・・・
前出、平兼盛の作
“忍れど色に出にけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで”
と、歌合で競い合い、負歌とされたのですが、
その心は同じ。
むしろこちらの方がよほど余韻が深いのかも知れません。
壬生 忠見(みぶのただみ)は、
壬生 忠岑(みぶのただみね)の子。
出世はしませんでしたが歌人としてはかなり優能、
多くの歌合に参戦しています。
心に残る秀歌を沢山詠んでおり・・・例えば・・・
“いづかたに鳴きてゆくらむ時鳥淀の渡りのまだ夜深きに”
いずかたになきてゆくらむほととぎすよどのわたりのまだよふかきに
さりげなく、余韻の深い良い歌ですね・・・・
ホトトギスは初夏の季語・・・
飛びすぎてゆく・・・
その前後の時間的経過、心理的経過、を十二分に想像させてくれます。
余白の美というのはこういうことを言うので、
絵で言えば描いた処を引き立てるのは描いていない
余白=空間、和歌に於いては語らない処の余韻
がいかに深いか、で
その価値が決まるのでありましょう。
31文字だけで言外の心象を無限に言い尽くす・・・
壬生 忠見は父祖の代からの職業歌人ですから、
云わば職人技の名人芸・・・ナンデスね
歌合で理不尽にも『負歌』と決めつけられて憤死してしまった!と
云い伝えられております。
さもありなん・・・・・