2014年11月16日

魅惑の菱田春草 L 続、究極の癒し 【早春】



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この六曲一双の金屏風【早春】こそ菱田春草の絶筆・・・とされています。
明治44年3月の制作。


ずっと若い時にごく短期間『秋江』と号した時があり、転じて『春草』銘にしてからは文字通りしなやかな萌芽そのものの様な命の精妙さ・・・生命の神秘さえ描きつくし、最後に【早春】で幕を閉じることに・・・

厳密に言うと雀の掛け軸【梅に雀】の図が小品としての絶筆であり、知人に贈った菊の扇が44年8月の作で、これがホントの絶筆であるとも言われていますが。

正真正銘精魂傾けて取り組んだ最後の大作はこの【早春】

前回 “魅惑の菱田春草 K 究極の癒し【雀に鴉】”でも語りましたが、死を目前にしてこその本領が発揮され、それ故に溢れんばかりの滋味がコンコンと湧き出でるが如し・・・ 

何でもないごく極アリフレタ景・・・
背景の金地が豪華ではあるけれど、・・・


何もこんな豪華な金地に八つ手や南天などありふれた植物なんか描かなくとも、ボタンとか桜とか描いてくれたらよさそうなものなのに・・・・


豪華絢爛たる金地にごくツマラナイもの?を並べたが故に魅せられる・・
・・つまり、平凡と非凡との取り合わせなんですね。


見事なる設定の妙・・・・・・!

こういう事はなかなか思いつかない。

現代でも絹地の金屏風六曲一双を仕立ててもらうと・・・数百万円の経費がかかる。

春草は生涯貧乏絵描きの域を出なかったけれど、材料をケチる事はまずありませんでした。何とか工面して思う存分の制作に勤めた。

一流の絵師でも金屏風に描けるのは滅多にない機会ですから、そんなチャンスに、しかも死にそうなのに・・・ボタンでもなく桜でもなく・・・・
ヤツデとナンテン・・・・!!??

これは出来そうで出来ない事ですよ・・・・
それほど決死の作画だった・・・・・


私も自分で屏風仕立てを金地にして描いたことがありますが、・・・残念、桜でしたね。
考えが浅い・・・・のです。
金屏風には、誰もが喜ぶような画題で描けば売れやすくなって高い材料費の元が取りやすい・・・なんていう(私みたいな?)娑婆っ気は、大天才にはゴザイマセン!!!


もうこれで最後だと言う並々ならぬ決意はこのことからもワカル!

ありふれた題材で尚且つ、“非凡”を極めてやろう!!という決心が伝わって参ります。

国立近代美術館で最後のコーナーに飾られていましたね・・・
良く観ると、屏風に傷んだところがあって・・・修復されると良いんですが
・・・惜しまれます



屏風制作は表具師に仕立ててもらったモノに描く場合と、パネルにして描いたモノをあとから屏風に仕立ててもらう場合とあり、コチラは前者。

絵絹に金箔を貼る訳ですが、箔と箔とのつなぎ目が見えないように貼る場合と、つなぎ目が重なって見えるように貼る場合があり、コチラも前者。

金箔も一度張っただけではコクが出ないので、
二度貼り、三度貼り、・・・貼る回数が多いほど深みがでて豪華さが増す・・・・江戸時代の金箔は機械で作らず、職人の手仕事で出来ていたから、現代の金箔よりも相当な厚手・・・・だから現代の金箔は薄すぎて、一枚貼り・・・くらいでは大して美しくないのです。

もう、残りわずかであろうと思いますが、明治以前に作られた金屏風が遺されていれば、それは、大変な価値がある。・・勿論、下手な絵なんか描いてあったら、却って無価値ですけれど・・・・

春草のこの作品は相当立派な絹地の金屏風であり・・・今これと同じものを注文制作してもらうと500万円でも足りない?かもしれません・・・・


       

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そんな、金銭価値云々など、全く思いつかない・・・
暖かな癒しが感じられる・・・・

画面から醸し出されるものは・・・人類愛とでもいえるような崇高さ、
すましこんでいるだけの高さではなくて、誰にとっても、難しくない、ただただ優しい・・・と言う高さ・・・・・



一番癒してもらいたいのは、目が見えなくなる恐怖に晒されていた絵師・・・であり、明日をも知れない命の灯が消えてしまいそうな若者、・・・・
・・・春草自身である筈なのに・・・・

この作品はスズメと鴉の屏風にも増して滋味が溢れ出して来る・・・その不思議!!





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八つ手も南天も、その全ての葉はコチラを向いている事に気付きませんか?
現実には横を向いた葉、・・・があれば、斜めに生えてる葉もある・・・が、僅かな裏葉以外は、殆ど正面に向いた葉として描くと・・・
三次元を二次元に置き換えるとき、“見たまま”では三次元に敵わない、でも、誇張と省略を加え、反対の性質を上手く結合してやることで、三次元よりも深い感情を伝えられるようになる・・・これは日本画ならではの、造形法なんですね。








posted by 絵師天山 at 15:00| Comment(1) | 菱田春草