【参議等】 (さんぎ ひとし)
浅茅生の小野の篠原忍ぶれど余りてなどか人の恋しき
あさじうのおののしのはらしのぶれどあまりてなどかひとのこいしき

少々データがぼけて・・・失礼します
忍ぶ恋の物語。
思い叶わぬゆえにこそ恋心はいや増す・・と言う訳で
古今和歌集にある
“浅茅生の小野篠原しのぶとも人知るらめやいふ人なしに”(読み人しらず)
の歌を本歌として参議等=源等朝臣(みなもとのひとしあそん)が、王朝風に作り替えた作品であります。
“浅茅生”あさじう・・・は、カヤがまばらに生えている所。
“小野”は、特定の場所ではなくて、
“小野の篠原” で、篠=細い竹の生えている原。
つまり、上の句は忍ぶというテーマを修飾している。
侘しく、モノ淋しい情景を、叶わぬ恋心に投影させたのです。
参議等(=源等朝臣)は、嵯峨天皇の曾孫。
『余りてなどか』という詞によって、あふれる恋情の激しさを詠いきったとされています。
深い慕情故の絶唱ですね・・・・
参議は、役職。
大臣と参会して国政を議する職、大臣、納言に次ぐ要職ですが、小野篁(おの の たかむら)も参議篁と称されていましたね。
篁は三位(さんみ)、こちらの等は四位。
参議に抜擢されても三位と四位とでは呼称を書き分ける事になっていました。
ややこしいが、それが慣例。大事なポイントです。
三位以上の者は姓朝臣名・・つまり、例、小野の朝臣篁。
四位の者は姓名朝臣・・・つまり、例、源等の朝臣。
・・・・と呼ぶナラワシ・・・・・。
官職位階については、なかなか細かくて
後の世からするとただややこしいだけですが、
当時、本人と関係者にとっては重大。
誤った呼称は、大いに礼を欠くことになるので、
・・・・・形は違えど・・・今もそれは同じ・・・
現在でも例えば政治家なら、政界引退した大臣経験者を、元某大臣の某・・と呼んだり、お相撲さんが引退すると、現役時代の最高位・・元大関某・・・と呼んだりするのと同様、三位とか四位とかご本人の現役時代の最高位で尊称して差し上げるのも当然の礼儀でありました。
太政大臣左大臣・・・等の権官から、昇殿を許されない末端の者まで、官職は実に多彩で多数あり、その位、職責のなかでそれぞれが活躍したのは今も昔も変わらないのです。
古来、日本国民は押し並べてこれスベカラク
・・・陛下の臣民。
先祖の先祖のまた先祖様を辿れば、ことごとく
・・みな天皇家に通じているのが日本人ですから。