2014年11月12日

魅惑の百人一首 37


【文屋朝康】 (ぶんやのあさやす)

 白露に風の吹きしく秋の野は貫きとめぬ玉ぞ散りける

   しらつゆにかぜのふきしきあきののはつらぬきとめぬたまぞちりける




           asayasu.jpg





首輪の玉がちぎれ飛んだ? みたいなのかな??

秋草の葉に散りばめられた水玉=白露が、
秋風に吹かれて散りゆく有様を、
宝石が飛び散る如くに見立てたこの作者は文屋朝康。
康秀の御子息です。

文屋康秀は
吹くからに秋の草木のいをるればむべ山風をあらしといふらむ
の作者でしたね。


山に風で嵐・・・と言った父に対して、
白露を“貫き止めぬ玉”に見立てたのが息子、
双方ともに秋をオシャレに愛でているので、・・・
歌人としての筋金入りなるサービス精神を感じさせますね。

秋草の繊細華麗なる美は誰の心にも既に強く印象されており、いわば誰にも共通した美しさ。
そこへ、真珠の玉を散りばめたら! もう誰しもウットリ・・・ですから・・
“貫き止めぬ玉”と言いおおせたのはやはりプロの匠の技。
耽美の極致、!!


有名歌人として名うての技を引っさげ、数多の歌合(うたあわせ)で大評判だったのは確かです。

“吹きしく”・・・・は吹き頻く・・・でしきりに吹くと言う意味。
水玉がこぼれてキラキラと秋野を飾る為には風による動きが・・
静止していない水玉の輝き・・が、視覚的に必要なのですね。


しかし、白露を玉と見立て、糸に貫くという趣向は当時類型的表現であり、結構似たような和歌ものこされて、
初見は誰でもが感激してしまいますが、類型も多いので、少々べタ?な感じも否めない・・・。

本歌取りも本歌に優る場合もあり、そうでないこともあり、優劣を決め難いこともあり・・
何れにせよ、類型そのものをも楽しんでしまう、という醍醐味さえあるのですから、ベタであろうとなかろうと和歌というものの深さはこのあたりにも表れていると言うべきでありましょう。



posted by 絵師天山 at 14:00| Comment(2) | 百人一首
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