2014年10月12日

魅惑の菱田春草 J 王昭君(おうしょうくん)


  
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【王昭君】 明治35年作  168×370p  
重要文化財



シナ・前漢の元帝王のころ、
当時蛮族とされていた匈奴の王へ、
貢物として後宮から女性を差し出すに当たり
肖像画によって選ぶことになりました。

殆どの後宮の女性たちは絵師に賄賂を握らせ、
選ばれぬよう、自分を醜く描いてもらったのに・・
心清らかなる王昭君は・・・
絵師にワイロを出さなかった
結果・・・美しい王昭君が選ばれる。

元帝は驚いて策を講じたが後の祭り・・
王昭君は敵国に嫁すこととなります。

美しいばかりでなく心優しい王昭君を送り出す、
その愁嘆場がこの名品。



ディテールをご覧ください




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線を使わないで表現してみよう、というのがこの作品を描いた当時の春草の考えでありました。
結局、線を使わず
日本画の良さも失わずに
立派な絵が描けることを立証したのですが、
その実験的作品の代表がこの名作です。


菱田春草若干27歳。
第7回日本美術院連合絵画共進会に出品、
銀杯第一席を受けました。

共進会というのは、今で言う展覧会みたいな表現。
デパートや画廊などはまだありませんし、
美術館らしいものも・・・まだ・・
やっとこさ大きな会場を借りて、
美術展覧会=共進会、が流行り始めた頃の事です。
個人では大きな展覧会は開けないが、共に歩みましょう、
という意味から、当時は・・・
「共同展覧会」というスタイルだったのです。

銀杯一席・・・というのは、
金じゃないけれど、堂々のグランプリ!
金杯というのは事実上“あり得ない”ので、
・・・つまり最高賞!!!。


旧態依然たる絵画の世界に大きな一石を投じたことは間違いありません。

絵画の世界だけが旧態依然としていたのではなく、
嘉永6年ペリー来航以来、
白人世界からの侵略がアカラサマになり、
・・・旧態依然たる日本も大切な日本の真実の姿でありましたが、
否応ない洋化は、
日本を根幹から変えようとしていたのです。


そのような時代背景の中で、
色彩を以って無線での作画を見事成立させたこの名作には
皆が、度肝を抜かれた・・・

高い評価を与えられたのでした。


美しいと言う事に限界はないんだな、と・・・
無線だから、とか
色彩の特殊なる解釈だから、とか
この絵の美しさの拠ってくる理由までは分らない人が大半であった事と思いますが、・・・
とにかく美しい!
美しさには絶対ということもないけれど
誰もが、ホントに・・・・掛け値なく
素直に美しい!と感じたに違いないのです。


その評価は今なお高まっています。




ちょうど、この年、長男春夫が生まれました。
縁側で春夫を抱く春草のポートレイトが遺されています。
大名人春草も家庭においては父、微笑ましいスナップです。



          

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王昭君のクローズアップを観てみましょう、
線は全くありません。
その代りに明暗が施されていて
僅かな立体感が生まれて、
線での説明の代わりに、明暗での説明が成されている。

つまり、絵画は説明・・・
何が描かれているか、は重要で、

写実がある程度必要。

だが、写実=物の説明、が過ぎると
夢は、消えて・・なくなってゆく、・・・
ファンタジーを保つには、説明を抑えて、曖昧にし、
観る者に補わせる・・・という手法が欠かせない。

それこそが日本画の魅力だからです。

従来の日本画は、その手法の大切な部分を担っていたのが『線』だった・・
それを、
春草は無くしてみた・・・・訳です。

それでいて、ミケランジェロみたいな下卑た写実的説明の為の明暗画方式は採らずに、
仄かなヴァルールの変化だけで『線』の代わりをさせしめた、のでありました。

いわば、従来の日本画をベースにしているが、
従来の価値観をグンと、段違いに越え、しかも、
洋画などのクダラン影響にはけっして左右されてはいないのです。


ルネッサンスこそ文化の発祥であり、
ミケランジェロが世界的大天才であるという教育をたたき込まれた人ほど
あのギリギリと歯噛み(はがみ)するような立体感に圧倒されてしまい、
それが、美しい?か、どうか?
の判断が出来ない様にされていますが・・・


システィナ礼拝堂天井画は、
誰もがびっくりするけれど・・・
決して美しくはありません。美と驚きとは別物・・・・
いい加減それに気付かないと・・・ネ

だが、・・・・


この王昭君を見れば誰でも美しいと感じる。

明暗の差をなくすことで、
厭味なまでの『立体感』という説明を最小限に抑えたことで
ホンモノの『美観』を生み出しているのです。

立体感=美観、・・・であろう筈がありません。



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さらに・・・

愁嘆場の悲哀、が画面全体から感じられるのは、
単に、顔つきが悲しそうであるから、だけではなく
実は大きな仕掛けが施されているからです。

それは色彩にある。

背景は大まかに言って黄色の対比で構成されています。
地面が黒系、で空間が黄色系、・・・
御存じのように、踏切のバー、の様に
視覚的に危険を知らせるには
黄色とを五分五分に表示するのが
最も効果的、
これは洋の東西を問わず、老若男女を問わず、
世界中全ての人間に通用する色彩の組み合わせ!

つまりこれほどびっくりする色の組み合わせは他にない。

王昭君の愁嘆場の舞台設定はこの組み合わせの応用が用いられている。

さらに、
王昭君始め、後宮の美女達は、寒色と暖色との拮抗で描かれている事にご注目下さい。
寒色にせよ、暖色にせよ、
どちらかが多いか少ないかで、様々な感情を伝え易くなるもので、
暖色が多ければ、優しいとか柔らかいとか・・思うし
寒色が多ければ、厳しいとか堅いとか・・感じるものなのです。

つまり、寒色と暖色とがほぼ五分五分で組み合わされていると
観る者は、混乱した感情が湧く。

大天才菱田春草はこれを利用している。

観る者がどちらともつかない、
不安な感じを抱く・・・様に・・・
寒色と暖色とを戦わせる・・・・
愁嘆場を伝えるにこれほど合致した手法は他にない



こういうのは、
日本画のみに存在する価値観なんですね。




ジジイ化してゆく己を毎年・・
飽くこともなく描き続けたレンブラントも

エイリアンが人間精神を支配するが如き
レオナルドの蠱惑的(こわくてき)写実も・・

明暗のコントラストだけしか眼中になかった
ミケランジェロの立体オタクも

実は・・・・・

残念・・・

春草に比べたら【お絵かき】にも値しません。




         ★




    菱田春草展

会期  2014年9月23日(火・祝)〜11月3日(月・祝)

会場  東京国立近代美術館
    (〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1)
     http://www.momat.go.jp/

開館時間  午前10時〜午後5時(毎週金曜日は午後8時まで)
       *入場は閉館の30分前まで

休館日  毎週月曜日(ただし10/13、11/3は開館)、10/14(火)

主催  東京国立近代美術館、日本経済新聞社、NHK、NHKプロモーション

協賛  損保ジャパン日本興亜、大伸社

協力  旭硝子

助成  公益財団法人ポーラ美術振興財団

お問合せ  03-5777-8600(ハローダイヤル)





posted by 絵師天山 at 15:00| Comment(3) | 菱田春草
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