2014年07月04日
魅惑の春草 E 最後の手紙
これが春草、最後の手紙です・・・・・兄為吉へ・・・
菱田春草書簡
菱田為吉宛 明治44年8月29日
長野県下伊那郡飯田長久寺前 菱田為吉様親展
東京府下代々木143 菱田春草
残暑の候皆々様御機嫌克
御子様方病気全快いたされ候由大慶に奉存候
氏孝も九月に相成候はば追々上京の事と存候
小生病気も近来大きに快き方に相成候処
此の五六日以来より目の方の模様至って悪しく成り毎日苦しみ居候
実の処昨年中は総ての具合よろしく候故
保養の目的にて此の代々木にて自分の家を建てる積りにて其法を進め来り
元より病気は重くなるとは前以って相知らず
今春に至り眼も体の方も悪しく相成
揮ごうも出来ず中止致居候事は前便申上候通りに御座候
然に建築の方は其方進み六月中旬出来移転致す様に相成候
勿論揮ごうと共に建築を併行致す最初の計画の処
中途病気にて此の如く相成り借金半分にて漸く出来致候
夫れに今春より少しの収入もなくビボウ策にて漸く今日まで漕ぎ付き
尚前途如何に成り行くやら前途計り知られず
そうかと云ふて月々の生活費並に療養其の他に於いて
多分の費額を要し僅少の金の融通にては長き間のこと故
焼け石に水の如く一向に役に立たず
病状は今日迄は少しも外出せず自宅に引き籠りの有様にて静養致し居り候処
五六日前より眼の模様あしく成り最初の一日二日は今日迄不充分ながらも
不正形に相見え候処のもの烈しく不透明と相成り
僅か五日計りの間に全く真の暗闇の如く
只僅かに障子を開くと日中外の光を只何となしにあるかの如くなきかの如く感受いたし
又白衣白き毛布等白き瀬戸物の如き外の光を受けて反射するものは一二尺の距離に於いて
僅かにボーっと煙の如く感じ目下尚病勢幾分か進行しつつあり候
体の方も一体に悪しく候も此方は比較的よくまだ大丈夫の様に思われ候
前日父上様の方へ一寸書面差し上げ候時は最も宜しき時に候ひしが
僅かの日にて右の如く相成り一寸御知らせ申し上げ候
あまり人に知らして心配をかけるのも自ら好まぬ故
極内密に願度候
他に知られ候と見舞いの手紙やら又当地にては勿論秘密にして候へども
来訪客やら見舞いの書状やらにて病生を愈強める故
誰にも知らさぬ様いたし居り候間
何卒御含み被下度候
つまり眼は平素の網膜炎がもとなれども夫れに加へて心気亢進性の神経衰弱にて
(母上様の御病気も是に似寄りたるものと考へ候)
心臓より顔面頭部へ血液が逆上して眼底に出血して此くなりしものと医師は申され候
過日も他より出血等有之 体中出血状態に成る居る故 右の如く相成り候
体の方さえ忍堪して静養すれば従て眼の方も多少見ゆる様に成るとの医師の話故
決して御心配下さるまじく候
何分にも全快するとしても長年月を要しその忍堪といひ療養等の附層する苦あり
今は自分の一般職業に関するものは打ち捨て療養罷在候御安心被下度
只一寸お知らせ申上げ候
此の五六日以来昼夜氷にて冷やし詰めに御座候
郷里の事は直きにしれ候
極内密に願候先は右迄申上候 草々
二九日 春草
兄上様
御玉案下
添え書きながら一寸申上候 千代申上候
実は此の五六日以来
御病気面白からず
目下は重体に陥らん傾きあり
いつ脳溢血或いは心臓衰弱等の異変あるや計り難く
と 医師の注意もあり候 故一寸お知らせ申上置き候
御両親様へも御知らせ被下度候
然し気は確かに御座候
右御報申上候
千代は奥様です
大天才菱田春草、明治44年9月16日午後5時40分に逝去。
享年36歳
posted by 絵師天山 at 12:23| Comment(0)
| 菱田春草
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