2018年11月07日

【あはれをかしの物語】ー高橋天山日本画展ー

平成30年、12月5日〜10日 個展を開催いたします。
      於・・日本橋三越本店6階特選画廊
      8日午後二時からはギャラリートークショー
      【語リスト】平野啓子さんのライブ
      竹取物語を語って下さいます!




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     竹取物語絵巻部分、
    

 ・・・・御心をたがひに慰め給ふほどに三年ばかりありて春のはじめよりかぐや姫 月のおもしろく出たるを見て常よりも物思ひたるさまなり。“いかで月を見ではあらん”とて猶、月出づれば出でゐつつなげき思へり。夕やみには物思はぬ気色なり、月の程に成りぬれば うちなげきなどす。


月の世界に還ることが近づくにつれ、月を仰いでは打ち嘆くばかり・・・・・


 かぐや姫の物語は、竹取の翁が大金持ちになることや、五人の貴公子が、それぞれの難題に立ち向かって悉くブザマな失敗に終わる事、迎えに来た月世界の天人達に人間の圧力・武力は全く通じず成すすべもなかった事。など、現実のシャバを生き抜く、いわば庶民サイドから見た描き方が多く、それに比べるとかぐや姫の魅力に天皇さえ我を忘れてしまう、とか人間世界の秩序を慮ったかぐや姫に却って周囲がいさめられたりする、とか不死の妙薬を焼いてしまった山が不死山=富士山の名のはじまりだった、などの事はあまり印象に残らない。つまり庶民感覚からすれば、やんごとなきあたりの「普通の我々には関わりのない部分?」は、あまり省みられず、むしろ現実生活の実感から伺える事柄の方がこの物語を走らせ続けて来た様に思えます。
 なにしろ奈良時代から平成の御世まで千数百年もの間語り継がれ、漠然とであっても“かぐや姫”を知らぬ人は今日無いくらい超有名な物語。

 この物語を絵巻にする考えは以前からあり、先人の作例を参考としつつ勿論人気の所以は庶民性にあるけれども、その本質は“やんごとない賢きあたり”に根差していて、大げさに言えば、宇宙の摂理を見て取れるからこそ、時代を越えて残されて来た、という視点を重視して試作することにしました。
 今の時代に常識とされることでも、不変ではあり得ない。それを思えば、長大な時の流れに呑み込まれてしまわぬよう、真髄を成すであろう普遍性に重きを与えること。絵画の魅力は、ここにありましょう。

 そして源氏物語。千年以上すたれることなく輝きを失わぬ理由は、人情の本質が全く変わっていないから、であり、常識を超越しているからであり、理屈では計れないからであり、“もののあはれ”と総称する普遍性が満載されているからであります。
 【あはれをかしの物語】群。その行間から感じ取る映像。例え現実には見えないモノであっても、見えないからこそ、描きだす面白さがあり、そこに私なりの工夫があり、さらに共感という普遍性が生まれれば誠に幸いであります。


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posted by 絵師天山 at 00:02| Comment(0) | あはれをかしの物語展